『作画汗まみれ』の「車というものはない」

 学生時代に大塚康生さんの『作画汗まみれ 増補改訂版』(2001年)を読んで、ルパン三世の企画書に関する次の文章に「なるほど!」と思った。

 企画書の一部はいまだにおぼえています。「車というものはない。それはベンツであり、コロナであり、ブルーバードという名前と固有の形を持った商品であり、機械である。(略)」

大塚康生『作画汗まみれ』より)

 「こういう考え方がアニメを進化させていったのか~!」と。日本のアニメの歴史は、空間にしても人体にしても小道具にしても目の描き方にしても、(良くも悪くも)徐々にあいまいな部分を無くしていった歴史だと自分は思っているが、そういう理解へと至る最初の手がかりを得たのがこの文章を読んだ時だった。

 さて、最近『作画汗まみれ』を久しぶりに読み返して思ったのだが、もしかして「車というものはない」は、「雑草という草はない」という名言をアレンジした言葉だったのかな?

 今年の8月に「雑草という草はない」の史料に関する記事をネットで見かけて、頭の片隅に残っていたので、そんなことを思いました。

 学生時代には「雑草という草はない」という言葉は知らなかったけど、覚悟のススメに出てくる「雑草などという草はない」という台詞は知っていて、とはいえ「車というものはない」からそれを連想することはなかったなぁ。そう考えると、学生時代より今のほうが脳内の言葉と言葉が結びつきやすくなってるのかもしれない。それは、人が中年になるとダジャレを言い始める現象と関係あったりするのだろうか……。

 そんなことを思った。特にオチはなく終わり。

www.kochinews.co.jp

今月のアニメ雑誌の雑感(2022年10月号)

 今月からアニメ雑誌の感想を書くことにします。(といっても、隅々までは読んでいません。自分が気になった記事を読むだけ。)

『月刊Newtype

◆9月6日に、東京オリンピックをめぐる汚職事件でKADOKAWAの元専務らが逮捕されたニュースを観たばかり。なので「KADOKAWAの雑誌はあまり買いたくないなぁ……」という気分が多少あったが、毎月の習慣なので購入。

◆「井上俊之の作画遊蕩」、ゲストは吉田健一さん。今年『地球外少年少女』の記事でも見た組み合わせだったので、他の回の「井上さんとあの人が対談を!?」みたいなサプライズ感は無かったものの、内容は楽しく読んだ。
 吉田さんのスタジオジブリ同期入社である安藤雅司さんへのコンプレックスの話と、単価でなく給料制だと教養を深める時間が取れるという話が面白かった。

◆ふと気づいたのだが、『Newtype』今月号の表2(表紙の裏)、表3(裏表紙の裏)、表4(裏表紙)の広告が、すべてKADOKAWA関係の広告だった。そう意識して眺めてみると、今月号は日本コロムビアの広告が1/3ページあるだけで、それ以外の広告ページはすべてKADOKAWA関係だった。
 昔はビデオ、CD、TVゲーム、書籍、能力開発等、いろんな企業の広告が載っていたけど、時代がすっかり変わってしまったな~と感じた。

アニメージュ』(dマガジン版)

◆「この人に話を聞きたい」、ゲストは丸山正雄さん。丸山さんの仕事を知悉していないとできないような濃密なやりとりで凄い。マッドハウスを途中で抜けた出崎統監督に対する丸山さんの想いなども語られていた。
 100%やりきると次が作れなくなるから、やり残しはあった方がいいという「魅力ある欠陥商品」の考え方が印象に残った。
 リスト製作委員会作成の資料を参考にしたという、みっしりとタイトルが並ぶ作品リストも迫力があった。

荒木哲郎監督の連載で、ゲストの門脇聡さんが、京都アニメーション木上益治さんの話を少しだけしていた。

声優グランプリ』(dマガジン版)

◆普段読まないのだが、「『dマガジン』おすすめ記事」に『ラブライブ!スーパースター!!』Liella!大特集が表示されていたので、チラッと見た。
 Liella!のインタビュー記事で、AIの文字起こしでは不可能な、人間にのみ書くことができる表現がいくつか見られて、そういうのって良いよな~と思った。
 具体的には、

伊達 (恥ずかしそうにおどおど)

 といった表現。それと、珍しい表現だなと思ったのが、

大熊 (大きな声で)えええっっ!?!?

 のように「っ」と「!?」を2つずつ使うところ。取材・文は、松本まゆげさんというかただった。

『ハイジ展』の感想

 アニメのアルプスの少女ハイジも基礎知識以上のことは知らないし、ましてや原作の児童文学とはまるで縁がないので、「少し詳しくなれるかな?」と思って観に行った。

 美術館へと至る歩道に告知ポスターが掲示してあった。それを見ながら「(家庭教師の)CMの元ネタらしいよ」と雑談している若者たちを見かけて苦笑い。

 「ハイジ」は、スイス人の女性作家ヨハンナ・シュピーリによって書かれた小説。展示物は、世界各国で出版された書籍やいろんな作風の挿絵、また日本ではどのように受け入れられてきたかの説明、そしてアニメのアルプスの少女ハイジに関する資料だった。割合としては、アニメの資料が多め。

 原作1作めのタイトル『ハイジの修行時代と遍歴時代』ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』と関係があるらしい。また、ゲーテはアニメ版で家がモデルに使われてもいるそうで、意外な繋がりが感じられた。

 日本には大正時代に入ってきたようで、アニメ化される前から日本に定着していた物語だったのだなと分かった。

 アニメ版に関する展示の入り口には、パイロットフィルム版の資料があった。森やすじさんが描いたキャラ設定の表情がよい。それから、高畑勲監督や宮崎駿さんらが現地に赴いた有名なロケハンの行程表や旅先で撮られた写真、小田部さんのシンプルなスケッチが並んでいた。ハイジはもともとお下げ髪だったのが、小田部さんがキャラクターデザインしたアニメ版では短髪にアレンジされた。

 作画注意事項の展示では、木の椅子の良い描き方(線に丸みがある、木目が控えめ)とダメな描き方(直線的で木目が全面に描かれている)の例が面白かった。それを意識して展示を見てみると、「現代のアニメだったら、これは直線で描かれるだろうなぁ」と想像できるような、あらゆる小道具の線に丸みが感じられた。

 アニメ関係の展示コーナーでは、鉛筆の線をセルに転写する「トレスマシン」の実物を初めて見た! 意外と大きくて存在感があった。

 展示されているセル画の中には、主線が退色しているものもあった。油絵などの美術品が経年劣化した際には専門家が修復したりするが、セル画も将来的には美術品として修復されるような存在になっていくのかなと思った。

『第3回 作girl杯2021』を観た

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【前回】『第2回 作girl杯2020』を観た - bono1978 BLOG

 昨年に続き、1月2日にbilibiliのライブ配信で観た。

 コメンテーターは中国のアニメ愛好家の方々(SFLSNZYNさん、rocefactorさん、甲魚丸さん、Ran_choさん)。ただ、中国語なので喋ってる内容は残念ながらまったく分からず……。

 監督部門の4位が押井守監督で、「なぜ!?『ぶらどらぶ』があったから!?」と少し不思議に思った。けど、2021年を振り返ってみると、他にも『花束みたいな恋をした』出演や『ルパン三世』脚本参加などもあり、年間通して押井さんの名前をよく聞いた1年ではあったな~とも思った。

 開票結果は下記の通り。

<TVアニメ(オリジナル)>
1.『オッドタクシー』
2.『ウマ娘 プリティーダービー Season 2』
3.『Sonny Boy』

<TVアニメ(原作物)>
1.『無職転生異世界行ったら本気だす~』
2.『平家物語
3.『かげきしょうじょ!!』

<監督>
1.岡本学(『無職転生異世界行ったら本気だす~』)
2.石井俊匡(『86』)
2.夏目真悟(『Sonny Boy』)

<劇場アニメ>
1.『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』
2.『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト
3.『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ

<キャラクターデザイン>
1.高橋沙妃(『ワンダーエッグ・プライオリティ』)
2.斎藤敦史(『ラブライブ!スーパースター!!』)
3.中澤一登

作画監督
1.高橋沙妃(『ワンダーエッグ・プライオリティ』)
2.久貝典史(『Sonny Boy』)
3.黄瀬和哉(『海賊王女』)

<シリーズ作画>
1.『ワンダーエッグ・プライオリティ』
2.『無職転生異世界行ったら本気だす~』
3.『呪術廻戦』

<作画回>
1.『ワンダーエッグ・プライオリティ』第3話
2.『トロピカル~ジュ!プリキュア』第29話
3.『ワンダーエッグ・プライオリティ』第1話

<若手原画>
1.邱家和
2.前井武志
3.長田寛人

<原画>
1.森佳祐
2.阿部望
3.佐藤利幸

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『竜とそばかすの姫』の感想

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ファンの期待しないものを見せること

 細田守監督の新作が公開されるたびに、「最近の細田作品はファンの期待しているものと違う!」という感想をネットで見かける。その期待しているものがデジモンなのか「橋本カツヨ」なのか、時かけなのかサマーウォーズなのか、新しい何かなのか、その辺は人それぞれだと思うけど。

 ただ、そういう「期待しないものを見せられた!」とネットで言われがちな監督だな~という意識があったので、「『竜とそばかすの姫』では何を見せられるんだろう?」という気持ちで観に行った。そしたら、まさにその「ファンの期待していないものをクリエイターが見せる行為」が主人公の行動として描かれていたので、少し興味深く思った。

 映画の終盤、ネットの世界で人気シンガー「ベル」となった主人公「鈴」が、自分の素顔をさらそうとする場面がある。他人を救うために、ファンの期待とは違うものを見せようとする。すると、親友のヒロちゃんが止める。「鈴が今まで積み上げてきたものが全部ゼロになっちゃうんだよ!」って。
 これって要するに「せっかく人気アニメ監督になれたのに、観る人の期待と違う映画を見せたらファンを失っちゃうよ!」みたいな、そういう話なのでは……。

 でも、鈴は決意して、ファンの期待と違う素顔を見せちゃうわけです。そしたら、ベルのファンはザワザワしちゃうのね。「ベルのままでいてほしかった……」って。これって細田アニメの新作を観た人が「我々の期待する細田映画であってほしかった……」と落胆してる構図と似てるような……。

周りの期待に応えない人たちを肯定的に描いた映画

 で、最後まで観て思ったのは、周りの期待に応えない人とか、「周りが勝手にイメージした人物像」と「本人のやりたいこと」とのあいだにズレがある人がたくさん描かれていたなってこと。
 例えば、美しくない素顔を持つベル、娘の意見を聞かずに川に飛び込む母、変人扱いされながらインターハイまで行ったカミシン、病弱でも諦めなかった野球選手、意外な人に恋をするルカちゃん、親に言えない秘密を持つヒロちゃん。そして、親の期待と違うことをして虐待される子。

 そう考えてみると、「期待していないものを見せられた」と言われがちな印象のある細田監督が、「周りの期待に応えない人」「周りのイメージと違う素顔を持つ人」の行動を映画の中で肯定的に描いているのが興味深いなと思った。また、それと同時に「期待通りの姿を見せろ!」と他人に押し付けることの醜悪さも、「期待に応えない子供」を虐待する親を見せることで描いているのかなと思った。

傷を見せるヒーロー

 映画の中で人気野球選手が身体の手術痕を見せる場面があった。話の流れとしては、疑惑を晴らすために傷を見せる流れだったけど。「病弱だったぼくも頑張って夢をかなえることができたから、いま病気で苦しんでいる子どもたちも夢を諦めないでね」みたいなシーンだった。それを観ていて、「細田さんがファンの期待を裏切ってまで映画でやりたいことって、そういうことなのかな?」と思った。

 格好いい演出家としてヒーローになった人が、裸になって、本当は隠しておきたい傷とかフェチを見せる。それによって「こういう傷を持つぼくも夢を叶えることができたから、同じ傷を持つきみたちも夢をあきらめないでね」みたいな、そういうことなのか!? 「物語を語るのがぎこちない」という傷も、同じ傷を持つ人を励ますために敢えて消さずに見せているのだろうか。いや、それは良い方に考えすぎか……!?

 そんなことを考えながら映画館を後にした。