『竜とそばかすの姫』の感想

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ファンの期待しないものを見せること

 細田守監督の新作が公開されるたびに、「最近の細田作品はファンの期待しているものと違う!」という感想をネットで見かける。その期待しているものがデジモンなのか「橋本カツヨ」なのか、時かけなのかサマーウォーズなのか、新しい何かなのか、その辺は人それぞれだと思うけど。

 ただ、そういう「期待しないものを見せられた!」とネットで言われがちな監督だな~という意識があったので、「『竜とそばかすの姫』では何を見せられるんだろう?」という気持ちで観に行った。そしたら、まさにその「ファンの期待していないものをクリエイターが見せる行為」が主人公の行動として描かれていたので、少し興味深く思った。

 映画の終盤、ネットの世界で人気シンガー「ベル」となった主人公「鈴」が、自分の素顔をさらそうとする場面がある。他人を救うために、ファンの期待とは違うものを見せようとする。すると、親友のヒロちゃんが止める。「鈴が今まで積み上げてきたものが全部ゼロになっちゃうんだよ!」って。
 これって要するに「せっかく人気アニメ監督になれたのに、観る人の期待と違う映画を見せたらファンを失っちゃうよ!」みたいな、そういう話なのでは……。

 でも、鈴は決意して、ファンの期待と違う素顔を見せちゃうわけです。そしたら、ベルのファンはザワザワしちゃうのね。「ベルのままでいてほしかった……」って。これって細田アニメの新作を観た人が「我々の期待する細田映画であってほしかった……」と落胆してる構図と似てるような……。

周りの期待に応えない人たちを肯定的に描いた映画

 で、最後まで観て思ったのは、周りの期待に応えない人とか、「周りが勝手にイメージした人物像」と「本人のやりたいこと」とのあいだにズレがある人がたくさん描かれていたなってこと。
 例えば、美しくない素顔を持つベル、娘の意見を聞かずに川に飛び込む母、変人扱いされながらインターハイまで行ったカミシン、病弱でも諦めなかった野球選手、意外な人に恋をするルカちゃん、親に言えない秘密を持つヒロちゃん。そして、親の期待と違うことをして虐待される子。

 そう考えてみると、「期待していないものを見せられた」と言われがちな印象のある細田監督が、「周りの期待に応えない人」「周りのイメージと違う素顔を持つ人」の行動を映画の中で肯定的に描いているのが興味深いなと思った。また、それと同時に「期待通りの姿を見せろ!」と他人に押し付けることの醜悪さも、「期待に応えない子供」を虐待する親を見せることで描いているのかなと思った。

傷を見せるヒーロー

 映画の中で人気野球選手が身体の手術痕を見せる場面があった。話の流れとしては、疑惑を晴らすために傷を見せる流れだったけど。「病弱だったぼくも頑張って夢をかなえることができたから、いま病気で苦しんでいる子どもたちも夢を諦めないでね」みたいなシーンだった。それを観ていて、「細田さんがファンの期待を裏切ってまで映画でやりたいことって、そういうことなのかな?」と思った。

 格好いい演出家としてヒーローになった人が、裸になって、本当は隠しておきたい傷とかフェチを見せる。それによって「こういう傷を持つぼくも夢を叶えることができたから、同じ傷を持つきみたちも夢をあきらめないでね」みたいな、そういうことなのか!? 「物語を語るのがぎこちない」という傷も、同じ傷を持つ人を励ますために敢えて消さずに見せているのだろうか。いや、それは良い方に考えすぎか……!?

 そんなことを考えながら映画館を後にした。